みずたまり

走りながら睡れ

感謝の品

今回の東京出張のホテルはとっても便利なところにある。先月のみずたまり例会でみずたまりは50回の例会を経験した。残念ながらぼくはウィスコンシンにいたので欠席した。みずたまりのルールはかなりの可変性と柔軟性といい加減さを有しているので欠席とわかっていても途中までは参加できる。ぼくはこれまで一度だけ急用で例会に参加できなかった(ウィスコンシン滞在をのぞく)。でも、投稿はしていたので全50回完投なのだ。みずたまりはもともと某飲食店で行われていた月例のワインを飲む会で数名のすてきな人生の先輩に出会ったことが起源だ。ワインの会ははっきりいってよくわからない理由で解散になった。でも、ワインの会解散後にいまはなき飲食店でジャズを聴く会(通称ジャズラボ)というものが立ち上げられて人生の先輩諸氏とともに参加する運びとなった。いまはなき飲食店は、ジャズ好きの当時チーフと呼ばれていた方がマスターとなって独立し「酔族館」という小さなでもジャズ満載のお店として生まれ変わった。みずたまりは「酔族館」になる直前のいまはなき飲食店の片隅でうまれた。ぼくといのさまの二人で無理やりはじめた。それはそれはいま考えると命知らずの飛躍であった。偶然、塔という日本屈指の短歌結社の選者をなさっている池本一郎先生とぼくは面識があったので短歌を添削指導してほしいことをお願いした。これもまた命知らず常識知らずの飛躍であった。ワインを飲む会→ジャズラボのメンバーの数名がみずたまりに参加してくれた(思い出してみるととさきさまも一度投稿なさっている。)。なんとなくメンバーは4・5人集まった。それは例会としては3回目くらいではなかったかと思う。池本先生はJRでも車でも鳥取市へは約1時間ほどかかるところにお住まいなのに、例会に来てくださるということになった。こんな命知らず常識知らず短歌知らずのビギナーズの会に来てくださるという先生の懐の深さに感謝した。先生が参加くださるその例会は特別なイベントだとおもっていたのだが、先生は大雪で一度不参加だったのを除くと毎回わがみずたまりに参加し、教導してくださっている。30回例会は三朝で盛大に行った。いま京都で学生生活中の奈央さんが高校3年生で角川短歌賞の予選を通過し、選者の米川さんが彼女の作品に1票入れてくださっていたことを思い出す、そんな頃であった。彼女は来春は大学3回生である。はやいなぁ。池本先生には普段とりたててのお礼をしていないのでこのときには記念とお礼の気持ちを込めて多機能な「電子辞書」をプレゼントした。相前後するが、20回のときは「かばん」をプレゼントした。それから、40回のときは上神焼の「夫婦湯のみ」。そして2005年はみずたまりにとっては大いなる飛躍の年になった。県内県外の短歌大会で複数のみずたまりあんが複数の入選入賞を果たした。賞をとるそのことではなく、みずたまりの短歌らしきものが全国的に見て短歌だと言えるようになっていることはささやかではあるがよろこんでいいことだと思う。さて、50回を過ぎて来月の51回は50回突破の記念例会。三朝の温泉宿で行う。ぼくはウィスコンシンにいて、たいした働きができていなかったのでみずたまりあんで決めた記念品のボイスレコーダーを買う係になった。ボイスレコーダーを求めて秋葉原を散策した。ボイスレコーダー市場はデジタルオーディオに包含されるかたちで、予想以上にホットな領域になっていた。iPodのようなもので音楽、映像、などをすべてコンパクトにまとめている機器がたくさん出ていた。メジャーブランドだけではなくて。しかも、どれもこれも小型化していた。池本先生にとっても使いやすく、でも自分では買わないもので、みずたまりらしいものというような観点で選んだ。みずたまりを見捨てず、つきあってくださっているその広い池本先生の懐にいつもこのデジタルオーディオプレーヤーが入っているとうれしいなあ。