みずたまり

走りながら睡れ

尺度

 ぼくのマンションには昨日の金曜日から3日連続で日本経済新聞が届くことになった。販売店の必死の読者拡大作戦なのだろう。ぼくは一度も日経新聞を買って読んだことがない。けれど、3日連続でくれるというのはちゃんと読んでみる機会なのでずいぶん楽しみにして昨日と今日の日経を読んだ。いつも読む新聞とは扱ってあるトピックが違っているだけでなく、同じようなトピックでも扱い方に違いがある感じ。そこがおもしろい。内容とは関係ないけれど、見開き面の半分以上が広告であるというのもちょっとびっくりした。それに加え、その広告にゴルフ関係のものがたくさんあるのにもびっくりした。日経新聞の読者の多くはビジネスマン(ウーマン)だとのステレオタイプにたてば、ビジネスマン(ウーマン)の多くはゴルフに興味をもっているというこれまたステレオタイプが成り立つ結果である。そんなどうでもいいことばかりじゃなくて、もっとちゃんと読まねばならないのだろうが、記事ばかり読んでいて、肝心?の株価や金融の数字ばかりのところは読もうにも読めない。作法がさっぱりわからない。大きな枠組みで捉えれば、ぼくもビジネスマンの一隅にいるのはいるのだが、まったくもってビジネスマン(ウーマン)の中央にはいないのだなぁ。数字に弱いというよりも視点や尺度の問題だな、これは。ぼくはさっきつれあいと韓国の話をしていて「1000W=100円くらいかなぁ?」「1000W=125円が正解」などとおおざっぱすぎるやりとりをしているようでは典型的ビジネスマンにはなれない。日経新聞の読者ならもっと違う認識なはず。
 今日は土曜日なので土曜版みたいのもついていた。これも面白かった。へぇーというネタが満載で興味深かった。中でも、メートルという尺度を決めたときにもデータの捏造があったというもの。フランス革命のころ、メンシェとモンジュイという人が北極から赤道までの子午線の距離を測定計算し、その1千万分の1を1メートルと決めたのだそうだ。その測定や計算において捏造があったというもの。現在、人工衛星で北極から赤道までの子午線を測定し計算したものより、1メートルは0.2㍉短いのだそうだ。へぇー。0.2㍉の誤差とはたいしたものだ、ほんとすごい。などと思いつつよく考えてみると、10メートルで2㍉。100メートルで2㌢。1000メートルで20㌢。やっぱり結構な誤差かもしれない。などとも思えてくる。
 そうこうしていると、塔のMLが届く。このMLもどこをどうしてどういう理論やプログラムやシステムでここに届くのかは分からないが、相当すごいことだと思い、感謝して読んでいる。さて、ここで、歌を散文論理で読み過ぎ、現実との整合性があるかないかを気にしすぎ、その結果、その歌のよさを読めなくなってしまうのではないかというような趣旨の発言があった。そういわれてみると、歌会などでは確かに「これは散文の論理で解釈しちゃうと面白くなくなる歌だから…」との発言を耳にしたことがある。確かにそうだ。短歌は結束性が低く、詩的効果が高い言語だから。かといってめちゃくちゃなことを連ねても仕方ないし、がちがちのロジックでも仕方ないわけで…。このあたりの匙加減の妙が腕。こういう腕があれば、明日の塔とっとり歌会で「これは散文の論理で解釈したら…」などと言えるのになぁ。