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みずたまり

走りながら睡れ

胖大海

このところ同僚が喉をいためている。ひとりでもふたりでもなく結構たくさん。そういうみなさんに、ぼくはよくハンドマイク買わなきゃなどと擦れた声で言われる。ぼくは喉がわりとよわくて、すぐに声がでなくなる。でも仕事がら、声をださないといけないので、小さなハンドマイクを持っている。Amazonで2000円くらいのかわいいもの。すこしでも喉が痛くなったらすぐにこの小さなハンドマイクをつかうので(ちょっとした名物)、喉を痛めている同僚のみなさんはハンドマイクを言うのだろう。

 

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いま思うとやり残したことというのはたくさんあって、なかでも大学院時代の中国文学の演習こそはやり残したというひとことではすませないほど悔しいものだ。といってもぼくは中国文学を専攻していたわけでもなく、別の学部に所属なさっていた筧久美子先生の研究室へ行ってゆったりとお話しするというようなものだった。このゆったりになんともやっつけられたのであって、吉川幸次郎門下である彼女はやはりそうとうな見識というかすごいひとだったのだ。まったくもって深いぶぶんを彼女に学んでいなかったのだと後で気づいた。そんなやや苦い記憶のある先生なので逆に出版物(もちろん素人のぼくがよんでもわかりそうなもの)が出ると購読するようにしていた/る。先生の書籍の一冊に(しかもちょうどぼくが大学院在籍中に出ていた)『中国の食卓 茶余閑話』筑摩書房という中国の食材などにまつわるエッセイ集がある。漢方や珍味が沢山出てくるだけでも楽しいうえに、筧先生はひじょうに文章がうまい。ふとしたきっかけで先日、ひさしぶりにこの本をめくってみた。やはりよませる文章とはこのこと。ぐいぐいひきつけられてどんどんめくってしまっていた。それで、ああ、とおもったことがある。当時はネットで検索する環境はまだまだ未成熟だったのだけれど、いま、ここに出てくるモノを検索してみるとおお!これか!と手に取るようにわかるのだ。

 

それで、喉にいい漢方の話がやはり載っていて、読み直した。「胖大海」。先生の本には「バンダーハイ」と発音に近い表記で書かれている。

 

しばらく前、わが家に泊まった中国の女性が就寝前に白湯がほしいと言ったとき、はじめてわたしはそれを見た。ちょうど翌日、彼女はある出版社の依頼で唐詩を朗読することになっていたので、緊張のあまり眠れないから睡眠薬でも飲むのかと思ったのだが、そうではなかった。彼女の湯呑みに熱湯を注ぐと、中に一つ、褐色のドングリみたいなものが入っていたのである。「なんですか、これは」「のどのくすりです」「のどが痛いのならトローチをあげましょうか」「いいえ、別に病気ではありませんから」「それじゃこれは?」「明日、声をたくさん出すから、のどをうるおしておくのです」話しているうちに、湯呑みの中に入っていたドングリがふくれて、ふんわりと浮いてきた。(筧久美子『中国の食卓 茶余閑話』筑摩書房p.p.190-191)

 

「トローチ!」いやいやそこじゃない。そこじゃない。

検索してみると、おおお!あるある。買ってみようかな。

http://www.kanpou.cn/goods-921.html
http://besttojp.com/Product/pangdahai.html
http://y-u-z-i.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_b0d8.html 

 

歩いてみる

今朝は京都市営地下鉄五条駅界隈から丹波口駅ちかくのウェブデザイナーさんの五畳仕事場というところまで小雨のなかを歩いていってみた。途中の五条堀川の交差点にはけっこう大きな歩道橋があった。フェンスというか手すりというか、わりと低くてぼくの腰くらいの高さ。高いところが苦手なので人とすれ違うときなど、案外狭くてびくびくしてしまった。これまでは丹波口から歩いていっていたのだけど、向かう方向もちがうし、Googleが狭い道を誘導するので、なかなかの味わいを感じつつ約25分あるいた。そうそう。おかげで、

会社概要 | 株式会社図書印刷同朋舎

ここを見つけることができた。20年くらい前ここに勤めていたひとのことを思い出した。ああここだったんだ。

 

それから、御所南小学校そばの塔の事務所まで、また歩いてみた。地下鉄で言えば五条から丸太町が歩いてみるとわりと距離があった。主宰と編集長と代理店との打ち合わせも段取りよくすすみ、予定よりひとつはやいスーパーはくとに乗ることができた。

 

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飲んでみないとわからない

昨夜はまいった。いや、正確に言えば、昨夜から今日はひさしぶりにひどいことだった。

 

酒を飲み始めてもう25年以上たつというのに、飲んでみないとどれほど飲めるのか、酔うのか、翌日苦しむのか、わからない。昨夜は件の焼き鳥やさんで純米を2合ほどのんで、それからノーグランでやはり純米1合と芋のお湯割りを2杯(ノーグランでシングルモルトを飲まない夜もまた珍しい!)飲んだだけで、かなり酔っ払った。たのしい酒であったし、たぶん迷惑はかけてないと思うけれど、タクシーに乗ったところまではおぼえているのだが。

 

9時に所用があって、目覚めてiPhoneをみるとLineの電話の着信暦があった。1時30分ごろだった。泥酔で眠り込んでいたので気づかなかったと詫びた。すると、こともあろうに、しゃべりましたよ(酔ってましたが)と返ってきた。反省ということとぼくのなんというか情けなさ丸出しを恥ずかしくおもった。そんな調子で、からだがふつうになったのは夕暮れのころ。こうなることが予見できていればいいのだが、とにかく、飲んでみないとわからない。もっともっと飲んで翌日元気なのがふつうなのだから。

 

あ、ブログのこと。ライブドアで書いていたブログをここにインポートできたのでしておいた。今後は、もし何か書くことがあればこちらで更新しようと思う。不定期、不精ながら。

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さりゆくもの

鉛筆削りが詰まってしまって削れなくなったのでごそごそした。右手の親指の腹をぐさりと切ってしまった。貼っておけば治るというすこし高価なバンドエイドを買ってきてはっている。

 

バンドエイドのようにいっときはじぶんのいちぶのようなのに、はがれおちたりはなれたり、つまるところこのわたしからはなれていくものがたくさんある。 

 

ぼくからはなれゆくものよ。さりゆけばいい。

 

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小谷奈央さんが歌壇賞に!

iwaiひさしぶりのブログに書くことは。とてもうれしいこと。

みずたまりでいっしょに短歌をやっていて、ここ数年、歌壇賞の受賞に一番近い位置にいた小谷奈央(こだになお)さんがついに2014年第26回歌壇賞を受賞すると決まった!

うれしい報せは少し前にきいていたのだけれど、 オープンにしてよかどうか分からないので黙ってこのときをまっていたわけである。今日11月22日(偶然にも彼女の誕生日らしい)の地元鳥取日本海新聞に歌壇賞と俳壇賞のことが載っていたということ(共同通信の記事だろうな)なので、一般にオープンと判断した。

高校生3年のときに角川短歌賞の最終候補に残り米川千嘉子さんの1票を受け、そこから10年。鳥取にかえってきて、みずたまりに参加してくれるようになって4・5年。今年は吉川宏志さんと水原紫苑さんが歌壇賞の選者に加わられたことも、たぶん奈央さんの歌にとっては追い風となったことだろう。ひとも時間もちょうどこのときだったのだ。

学生短歌出身でもない、東京でもない、おおきな結社所属でもない、という彼女。いつひからびるかもわからない鳥取の「みずたまり」にいて歌をもとめつづける仲間として、ほんとうにうれしく、誇らしい気持ちだ。おめでとう♪ 

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=951744564854958 

さようなら

さようなら夏が苦手であった。暑さだけではなく、夏になるとどうも気分が沈み苦しくなることが多かった。でも、6年ほど前から夏が来るのがたのしみになっていた。もう夏に苦しんでいたことなど昨日まで忘れていたほど。夏がたのしみで、新年をむかえるように、夏の到来で何事かカウントしはじめるようでもあった。

さようなら。夏。

 

id

ジョージのところ。door countyにいたころ。ジョージがよく男の料理をつくってくれた。料理の腕はドロシア<ジョージ<ぼく、だとおもうのだが、その頃はジョージの補佐をしていた。ジョージの料理で特に印象に残っているのが、鶏胸肉(たぶん胸だとおもう。しかも冷凍!)のガーリック風味+その肉汁をもちいたリゾット、というのと、ハンバーガーだ。解凍の鶏肉はとにかく臭くて、ガーリックをたっぷりきかせていた。その鶏肉はたしか最初に茹でていた。その茹で汁をつかってリゾットをつくっていた。もうひとつのハンバーガーというのはまさにハンバーガーである。牛ミンチをキロ単位で売っているのでそれを買ってきて、解凍して、こねる。こねたら、庭に置いてあるバーベキューのコンロで焼く。バンズもいっしょにたしかあぶっておいて、あとは挟んでトマトケチャップ。だったとおもう。やはりジョージのハンバーガーもオニオンスライスは入れないのだと思ったことだった。いやしかし、肉をこねる、焼く、というシンプルな豪華ぶりに驚いたのだった。肉には玉葱などがまるでハンバーグのように入れてあるとか、香辛料とうか味付けをもうちょっとするものだと思い込んでいた。でも、ブルームーンバーガーもウィスコンシン大学マディソン校の近くで食べたのも、ニューヨークで食べたのも、肉肉しさが印象的で、やっぱり肉だけであった、シンプルに。むしろ一緒に入れるチーズやベーコンなどがどうであるのかというのに味のおもしろさがある感じだった。

door countyは鳥取のようなところで、自然が豊かで、おだやかだった。高校には本当はIDみたいなものがないと入れないとか、銃を持ち込んでいないかのボディチェックがあるところなどもあるのだが、そこにはなかった。首からつりさげていたかもしれないが、(すくなくともマディソンウエスト高校での名札=IDは残っている。が、サザンドアのはない)たぶんIDを確認する必要がないくらいぼくのようなアジア人はいなかったから日常的には明示していなかったと思う。そこはほぼみな白人だった。一目でぼくを同定できる程の単一性や均質性をもつ集団(人種的には)だったので、ことさらIDを必要としなかったのだろうか。

イタリアのプレリーというところのIDケースをもらった。