みずたまり

走りながら睡れ

11年目の1月17日

電子レンジはいっしょ 被災したメゾン六甲403号室からもちかえり、ずっと一緒だったビデオもテレビもここ数年で耐久年数をこえて使えなくなった。昨年は、洋服ダンスを手放した。細かなものをのぞいて、震災からずっと一緒に生活しているのは電子レンジだけになった。時間だけが経過したのではない。あの日から11年が経過した、というのはいったいどういうことなのか。そんなことを考えながら、5時46分に黙祷した。神戸はぼくに大いなる影響を与えた街だ。あの日あのとき、阪急六甲に住み、修士論文の追い込みをし ていたぼくは、いま鳥取にすんでいる。ぼくのなかに残るざらりとした感覚は何なのか。このざらりとした感覚はどこからきたのか。はっきりしないがたしかに残るこのざらりとした感覚を除去したり喪失しないように生きていきたい。