みずたまり

走りながら睡れ

またあした

ふうけい 昨夜は今朝まで飲んだ。
時間・お金などあらゆるコストがまったくおなじときに、どうすれば自由になりえるのかということなどを酔っぱらった頭で考えたことを思い出した。

じぶんの時間の有限性に気づきじぶんの自由が最大限保たれるような交通手段で通勤したいと男は思った。

彼は、バスか電車がよいと考えた。時刻表にしばられる点では時間というか行動の自由を制限されるが、通勤中に読書できるならば、それはじぶんの自由な意志を発揮していることだ考えたわけだ。読書できることこそ自由だと。もうひとりの男は、自家用車を選んだ。通勤時間中に読書はできないが、時刻表というしばりがないから、帰りたいときに帰ることができるし、寄り道をするという選択もできる。通勤時間の読書はできないが、時刻表に縛られないことこそ自由だと。

徹底的な自己抛棄が自己に自由をもたらすのか、部分的な自由の制限が自己の自由を大きくするのか。