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みずたまり

走りながら睡れ

ムーン・パレスと百合オイル

ムーン・パレス「ムーン・パレス」という題名はポール・オースターコロンビア大学の学生時代に学生街にあった中華料理店の名前からきているそうだ。見当たらなくなっていて、急によみたくなって、買い直した『ムーン・パレス』を手にすると妙になつかしさがあって、そういうことを思い出した。同時に、そうだそういう手があったのだと思うわけである。

そういう手というのは「タイトル」(オースターの場合はおおいにモチーフなのであるが)の付け方。さりげないというか意味がありそうで意味がない感じ。これがいい。たとえばでは、ぼくのよくいく店でやってみようかとおもうと、「ビザール」「ノーグラン」。いずれも疑いなくいいお店なんだけれど、物語のタイトルにはなりにくそうだ。いや、作品がよいとタイトルも照射されるということか。

佐太郎の歌集は「しろたへ」以外は全部二文字の漢字である。そして、それを眺めていると一文字一文字の漢字に意味がありすぎるくらいの文字が選んであるのに気づく。というよりも、そもそも漢字には意味がもともとあり、また深読みというか意味づけを読者もしやすい。「形」「影」「歩」「道」「帰」「潮」「星」「宿」「天」「眼」などなど。

じぶんのことを反省的に回顧するのはいい趣味じゃあないのかもしれないけれど。時期も時期であり、振り返ってみるのである。いわゆる新人賞に届きそうで届かない、あるいはまったく届かなかったタイトルをおもいつくままなるべく古い方から思い出してみる。「前夜」「ぼくが書かなかったうた」「麦浪」「ルート」「海に行く。」「つくばエクスプレス」「カンガルー・ピザ」「あらくれにほんかい的身体論」。

その点でいうと江戸雪さんの第一歌集などはすばらしいと言わないではいられない。「百合オイル」。意味がありそうで意味がない。意味がなさそうで意味がある。そして実際は香港旅行で買った品。だからといってって、これが「タイガーバーム」だったら江戸さんの歌人と してのその後もまた変わっていただろうなあと想像するとたのしい。そんなのではなくて、ともかくタイトルはだいじだ。ほんとに。