みずたまり

走りながら睡れ

白い花

窓に白い花が見える。

 

去年はどうだったかなと思うが、なんだか思い出せない。いまの仕事場になって6年目にやっと気づいたということか。

 

白い花は、高さ10メートルくらいの泰山木の上のほうに咲いている。もうちょっと背の低い泰山木も敷地の他のところにあって、去年は一輪だけ咲いていた。窓に見る泰山木の高木の花はみっつよっつある。

 

あっ、咲いてますね。というような会話をまだ誰ともしていない。誰も白い花に気づいていないのだろうか。窓の泰山木に。

 

むかし、むかし、「実はずっと好きだったんです」という手紙をもらった、という手紙をもらったことがある。ややこしいけれど、つまり、ぼくが「実はずっと好きだったんです」と言われたわけではなく、メールなどない時代だったので、「実はずっと好きだったんです」という手紙をもらったのだけれど、どうしようかという相談のような手紙をもらったのだった。その手紙のひとは、「実はずっと好きだったんです」という言葉にはとても力があるというようなことを書いていた。その手紙を読みながら、ぼくは、いつか「実はずっと好きだったんです」と誰かに言わなければならない気持ちになったのだった。結局、「実はずっと好きだったんです」と誰かに言ったことはなかったけれど。

 

二ヶ月ほど前。昔の手紙ががさっと出てきて、「実はずっと好きだったんです」というその手紙もそのなかにあって、読み返した。その手紙には家族の死のことや「実はずっと好きだったんです」と言われたことや、ぼくについてのことが書かれていた。そこにむかしむかしのぼくには気づくべきなのにまったく気づくことができなかったことをみつけた。

 

そこには白い花がちいさく咲いていた。

 

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nightmare

おまえこそが邪悪なものなのだ。

 

知らない間に、太陽の傾く時間が遅くなっていた。まだ明るいようで、でもまたそこになにか暗い気配もひろがりつつあった。影はぼくのからだをこえて伸びていく。

 

それにしてもぼくは影にじぶんをみるのではなく、影そのものをみているだけだった。そのうち山々に光が遮られはじめると、影は、ぼくの足もとにかすかにまとわりつくほど小さく、薄くなった。

 

おまえこそがなにもわかっていない。

 

そんなことを言う者はいなかった。なんの声だ。影に声などあるわけではないのに。

 

むしろ、声などではなく、見えなくなった影は、ぼくという根拠をはなれて灯のそばにいちどは集まって、そこを離れるように伸びている。

 

ぼくはiPhoneにイヤホンをさしてジミヘンドリクスアンドエクスペリエンスの「真夜中のランプ」をききはじめた、歩きながら。その曲は「真夜中のランプ」のテイクとしては比較的長いバージョンでジミの声がギターの野生的な演奏よりももっと、彼の孤独をあらわしていると思った。いやジミのギターによって声があるものの影のように、力をもっていたのかもしない。

 

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街灯に欅の若葉が、きっとそのような光ではない光によって本来とは違うみどりを映し出している。いや、映し出されてしまっている。

 

 

尾崎翠の歌

吹くな風こころ因幡(いなば)にかへる夜は山川とほき母おもふ夜は

         尾崎翠稲垣眞美編『迷へる魂』筑摩書房2004

 

 たまには短歌のことも書こうじゃないか。

 

というほどでもないのだが。鳥取では書家の柴山抱海(しばやまほうかい)さんが中心になって尾崎放哉の自由律俳句をこれぞ鳥取文壇という勢いで盛り上げている。それはまったく悪いことではなく、むしろ鳥取の文学を盛り上げるのはありがたいこと。ただ気になることもあって、ちいさな県を圧倒するシェアのローカル新聞社もその企画を県の財源でばんばんやっているみたいなことをきく。おいおい! もちろん問題なのは、それだけではなくて、尾崎放哉ばかりが唯一のようにあがめたてられてあつかわれているところ。何と言えばいいのか。もっと裾野というか多様性というか、いるんですわよ。

 

本当に信じられないのだけれど、鳥取では、杉原一司も佐竹彌生もまったく無視されている。鳥取県立図書館(公立図書館としてはとても冴えていていくつも賞をとっている)の郷土資料室(閉架)に古い『青炎』が残っていたりして佐竹彌生のことは発掘できるところもあるけれど、杉原一司にいたっては、一般的な塚本の全集や「メトード」の復刻版程度しかない。ほとほと残念なのだ。愚痴になってしまった(でも真実だ)。

 

他に、古典和歌で言えば、香川景樹が鳥取出身なのだけれどここに至ってはもはや鳥取県民のうちどれくらいの人が知っているのかしら。。。という感じだと思う。ながくなった。

 

掲出歌は尾崎翠

 

尾崎翠鳥取高等女学校(いまの鳥取西高校)を卒業したあと補習科へ行き、それから地元岩美の大岩小学校の代用教員をつとめながら雑誌に投稿する。その後、20歳をすぎてから東京に出て日本女子大学に入り、あれこれ寄稿。そのうち雑誌「新潮」に作品を寄せていたことがよろしくなかったとかで退学させられてまた鳥取に帰ってくる。「第七官界方向」とか「こほろぎ嬢」などは有名であるし、全集は何冊か出ている。ぼくの持っている筑摩の『定本尾崎翠全集(上・下)』には歌はまったくはいっていない。どうしたことか。とほほ。ということで、そこからもれたものを稲垣眞美編『迷へる魂』筑摩書房がひろってくれていて、歌も載っている。

 

因幡」と言えば鳥取市界隈(ちなみに「伯耆」は米子界隈で言葉も文化も違うわけです。おなじ鳥取県でも)のこと。となると思い出すのが以下の和歌。

たち別れ稲葉の山の峰に生ふるまつとし聞かば今帰り来む
                在原行平古今和歌集』365

 

この和歌の「稲葉」は掛詞で「稲葉」山(実在=因幡三山のひとつ)と「往なば」、またもちろん「まつ」も掛詞の典型で「松」と「待つ」など技巧が凝らしてある。何と言っても百人一首の和歌であるから、有り難いことこの上ないという気持の方も多く、鳥取市界隈の小学校ではみんな教えられるほど人口に膾炙した和歌。けれどこの和歌を解釈して味わうひとはほとんどいなくて、いや味わうほどでなくても、その意は、帰ってこいといったらすぐにでも帰りましょう!というような。なんというか京都を離れて因幡に行くことをいやがっているというか悲しんでいるというか軽んじているというか、もちろん左遷なわけだし、そんな歌。因幡がちょっとかすんでる歌。なのに!百人一首の歌ということで因幡ひとたちはありがたがっている。床の間に、ひかよろー!ってな感じで、たてまつっている。

 

この和歌にひきかえ、尾崎翠の掲出歌の因幡は存在感がある。ようやくそうそう、尾崎翠の歌。ここでは、やっぱり、「吹くな風」という初句の入りがとても切実で、なんでそうまで初句で言ってしまうかというくらいつよい。後半は対句のようにふたつならべられていて、ひとつは「こころ因幡にかへる夜」。これは単純に実家のある因幡鳥取のことを思い出している夜なんだということ。そうしてそれは漠然とした鳥取ではなくて、「山川とほき母思ふ夜は」とあるので、幼い頃に遊んだり生活の場所として身近にあった鳥取の山や川、そしてお母さんのことを思う夜と具体的になっている。もうそこまでこころが故郷にいってしまっているんだから、そのうえ、風がふいてしまったらこの私の身体も鳥取に飛んでいってしまいそうだという感じだろう。東京に出て、苦労しているのだろう。うまくいかなかったり、お金がなかったり、ひと恋しかったり。そんなふうに因幡をもとめつつ、ぐっと歯を食いしばって、踏ん張りながら文学へ向かっている感じ。そこがすごくいいんだよなあ。

 

写真は松ならぬ我が家の鉢植えオリーヴ。 白い花が咲いている。

 

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ハヤサカバ

金曜日は土曜日の編集企画会議に備えて京都へ行った。葵祭はおわったはずだが、いつもにもまして、人が多い感じ。こんなものかなともおもうが、京都の地下鉄から多かった気がするが。いつも通りなのかもしれない。

 

京都はもう夏の陽気。麻のジャケットを脱いでTシャツであるく。

 

ホテルは河原町二条というか、地下鉄の烏丸御池から徒歩15分くらいのところにある小さなでもちゃんとしたホテルドルフ。

 

なぜかよくわからないのだが、料金がとてもやすく、さらにフロントで広い部屋にランクアップされる。とことん有難いことがつづく。(ちなみに定宿にしたいくらいなので今後の日程を楽天トラベルで検索したが、この日は幸運そのものだったようで、ぼくが泊まる安宿とは違っていた)。部屋もとても新しくて落ち着いていて清潔感がある。(翌朝はトーストとサラダとオレンジジュースとゴーヒーの朝食もついていた)。何かが当たったとしか思えない幸運。ロンドン便でビジネクラスにランクアップしていらいの幸運とでもいえようか。

 

とはいえ、まだ、3時を回ったところ、地下鉄烏丸御池で友人と落ち合って、ネットで見つけていた「ハヤサカバ」という名のとおり早くからやっているバーへいってみる。ちいさなところなんだが、とにかくマスターのこだわりが行き届いているという感じ。じつにこじんまりとしたいい感じ。マスターとおはなししつつ、まずはじめてのバーでいただくぼくのルーティンのジントニックをおねがいする。とりださたジンはロンドンヒル。ほほー!でもって、ひとつひとつの所作もテキパキ。くっきりすっきりの(量は少なめ)この日の暑さにぴったり。つぎは、マスターに相談しつつソルクバーノ、カイピリーニャ、チェイサーのビールそしてスコッチリダーのハイボールとたのしくいただく。ひとつひとつのお酒がほんとにおいしくお店も静かで、こんなに贅沢な時間は久しぶり(いうまでもなく柑橘類はもちろん生)。ぼくはまだのみたいのでのみつづけるが、友人は別の集いへ。みんな大変なんだな。すいません。

 

それから、ハヤサカバのマスターの紹介でそばにある居酒屋へ行くと、玉川の山廃がありいくつかの肴とともにいただく。もはや、上機嫌。

 

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リラックマの器

ぼくのともだちに、マイレージ=マイライフを地でいくひとがいる。一緒に飲んだり食べたりすると、ここはまずぼくが払いますといってカードで支払ってマイルをためていく(あとでわりかん)。彼はもともと飛行機や空港が異常なくらい好きなので、飛行機にもやたらと乗る。そんなこんなでため込んでは飛んでいる。

 

ぼくの近くにやはりポイントをためるのが好きなひとがいる。それで、先日、リラックマの器をくださった。ふたつも!こういうポイントをためるために?毎日LAWSONでパンをかっては食べているのだそうだ(ちなみにこの方もマイルを貯めて飛ぶひとなのだそうで、支払いはすべてカードなのだそうだ。リラックマのシールとマイルをダブルで獲得している!とのこと)。景品そのものにはほぼ興味がないのだけれど、とにかく貯めて、交換するのが心地よいのだと。そしてその上で、それを誰かにあげてよろこぶ姿をみるのがうれしいのだと。は、はあー、頭が高い。ではないが、まさに器の違いをみせつけられる気がする。というか、ポイントをためることへの執念とそれを交換したうえで他者へ贈与するという一連のプロセスは、モース、レヴィ・ストロースバタイユの系譜ではあるまいか、などと、くだらないことをおもうほどに、ただただ感心してしまう。

 

集めるとか貯めるという行為が、ぼくは、ほとほと苦手で、いや、ほとんど習慣にない。だから、ぼくにとって、この景品は新大陸の発見のようにワンダフルなものなのだ。(特にリラックマに限らず)。感謝。感謝。

 

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さつき

店のおばちゃん(といってもぼくよりは若いかもしれない)に、おいくつですかと聞かれた。

 

年齢を聞かれるというのは、2005年にウィスコンシンにいたときがもっとも多かった気がする。気がするというのは、もちろんぼくもいまより12歳くらい若かったのだから確かに若いのだけど。やはりというべきか、日本人(アジア人)は若くみられるという、一般的によく言われていることにぴたっとあてはまる反応が多かったからだ。ビールを飲みに行ってI.D.を見せろといわれたり、歳を尋ねられたりしたこともあったくらいだった。

 

それから、日本に帰ってきた後も、初めて行く美容院や初めて会うひとに、その後意識しすぎなのか、若くみられることが多いのではないかと(気がする程度だか)おもうようになった。

 

それが特に近年多くなった。若い!というリアクションが。といって、これは、ぼくに限ってのことではないのではないか。ワカモノが子どもっぽいとかおさないとか、美魔女とか、耳にする。高度経済成長期のころより、きっと、ぜんたいてきに、年齢に比して若く見えるというか年齢と見た目のなんとなくのメジャーがずれてきたのではないかとおもう。

 

5月になったこととは、まったく、関係ないのだけれど。ズレたメジャーをおもうのである。

 

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出町柳の小径に

 京都産業大学神山ホールでの平田オリザさんの講演と永田和宏さんとの対談をきき終えたあと、バスで出町柳駅まで塔のなかまと帰り着く。そこからとりあえず晩ごはんのお店をなんの手がかりもないまま、あてどなく、こっちにありそうという嗅覚で、小径に入る。いや、入る直前に自然派な感じのお店があって入ったのだが、あと30分で閉店ですと言われるままにその店をあきらめ、その先の小径へと曲がり入った。

 

 果たして。「かぜのね」というただならぬ雰囲気とでも言おうか、ぼくの嗅覚にすっとくる素敵な感じのお店があらわれた。いざ行かん!ということで入る。がらがらと古い駄菓子屋の玄関のような戸をあけると、入って左手に小さなカウンターある。そこには常連さんと思われるひとが2、3人座っている。ちらりとそのひとたちにぼくたち4人は品定めのように見られる(完全なるアウェー感!)。カウンターの背後にあたる店の真ん中には食堂のテーブルのようなテーブルと椅子5脚くらいがあって、その奥に座敷というか畳のスペースがあり4人ようの机とふたりようのそれがあり、そこに4人で座る。自然な感じの健康的な料理ばかりで7品くらい注文。黒板には純米酒が8種類くらい書いてあった。4人のうち2人はほぼノンアルコールであったがぼくともうりとりは2人でどんどん飲んじゃう。ノンアルコールのふたりはご飯と筍のスープを最後には注文し、まさに、ヘルシーなる夜ごはんとはこのこと。

 

 写真は高瀬川沿いのハナミズキ。「かぜのね」では写真を撮ることさえわすれてしゃべって飲んでいたのだった。

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